18歳で月夜野を離れました。桃野小学校、月夜野中学校と、月夜野で過ごした時間が全てでした。外の世界への期待もありましたが、地元のことをとりたてて意識していたわけでもありませんでした。新しい場所に移ってから、少しずつ気づいていきました。自分が当たり前だと思っていたものが、どこにでもあるわけではないことを。
夜が、明るすぎた
夜になっても街が暗くならない。それが最初に気になったことのひとつです。月夜野の夜は静かで、空が暗い分、星がよく見えました。利根川の水音や虫の声がして、人工的な音は少なかった。都市の夜は違いました。夜中でも何かしらの音がして、空も光っていました。
それが悪いわけではありません。ただ、月夜野の夜のことを、ふと思い出すことがありました。
季節の感じ方が、変わった
東京の冬は、雪がほとんど降りませんでした。雪のない冬は、何か違う感じがしました。春になっても山が見えないので、雪が解けていく様子がわかりません。利根川の水嵩が変わっていくのも感じられない。月夜野では、川を見れば今の季節がわかりました。山を見れば、あとどのくらいで春になるかがわかりました。そういう時間の感じ方が、東京では変わりました。
帰るたびに、少し違って見えた
実家に帰るたびに、月夜野が少し違って見えました。子どもの頃には見えていなかった部分が、見えるようになった気がします。人が減っていること、知っていたお店がなくなっていること。変わっていくものと、変わらないものが、帰るたびに少しずつ見えてきました。
懐かしいだけでは終われない。そう思い始めたのは、帰るたびに地域の変化に気づくようになってからです。
月夜野で育ったから、考えること
桃野小学校の帰り道も、月夜野中学校の校庭も、利根川の水の音も。あの記憶があるから、月夜野のことを他人事として考えることができません。離れているから関係ない、とは思えない。月夜野で育ったことへの恩返しを、少しずつ考えています。